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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)217号 判決 1961年4月27日

東京エアゾール化学株式会社

右代表者代表取締役 須崎国衛

右訴訟代理人弁護士 土屋豊

大里一郎

大阪エヤゾール工業株式会社

右代表者代表取締役 南史郎

右訴訟代理人弁護士 小松正次郎

毛利与一

塩見利夫

主文

控訴人の本件控訴を棄却する。

附帯控訴人の附帯控訴に基き原判決中附帯控訴人に関する部分を取り消す。

控訴人の本件仮処分申請を棄却する。

訴訟費用は附帯控訴費用を含め第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

本件仮処分申請の理由の要旨は、控訴人は、昭和三二年四月一一日登録第二三一〇一六号定量噴射装置(以下本件特許という。)の登録権利者であるところ、被控訴人は、原判決添付第一図(B)面記載のような定量噴射装置を有する香水容器を製造販売頒布しており、右香水容器の構造は、本件特許の要旨をそのまま具備し、その機能も全く同一であるので、本件特許の権利範囲に属することは明白で、被控訴人の右香水容器の製造販売頒布は控訴人の有する本件特許権の侵害であるから、本件仮処分の申請をするというのである。そして、控訴人が、昭和三〇年七月二日出願、昭和三一年一二月一二日出願公告、昭和三二年四月一一日登録の特許(本件特許)の登録権利者であること、本件特許権の特許請求の範囲が、「弁匣内に撥条及び側孔を有する可動弁を介装したものにおいて、可動弁の下部先端が気密に弁座に密着した後、可動弁の側孔が弁匣内に連通するに要するストロークの長さだけ、弁座が伸長或るいは圧縮変形する定量噴射装置」であること、被控訴人が昭和三〇年七月二〇日出願、昭和三二年四月二二日出願公告、同年一一月二八日登録の実用新案第四六八五九七号「エアロゾル噴霧器の定量噴射用バルブ」の登録実用新案の権利者であること、昭和三六年一月五日特許庁において、「本件特許発明とその出願前である昭和三〇年四月二六日特許庁資料館に受け入れられた米国特許第二七〇一一六三号(乙第四四号証に第二七〇一一六号とあるのは、第二七〇一一六三号の誤記であることは、成立に争のない甲第一九号証により明らかである。)特許明細書とは、前者は可動弁の下部先端の接すべき弁座が該可動弁の操作により、可動弁の側孔が弁匣内に連通するに必要なストロークだけ伸長或るいは圧縮変形するようになつているのに対し、後者は可動弁杆の下部先端の筒状弾性ゴムガスケツトが噴出弁の縦溝(前者の側孔に相当する。)が計量室(前者の弁匣に相当する。)内に連通するに必要なだけ圧縮変形するようになつている点で一応の差異があるだけで、その他の構成及び作用、効果においては互に一致するものと認められる。そして、両者はいずれも弁と弁座間の圧縮変形によつて側孔(後者の縦溝)を弁匣(後者の計量室)内に連通させるようにした点では互に一致しており、その差異はただ弁自体が変形するか、弁座が変形するかの違いだけで、それは作用、効果上格別差異のない単純な設計上の微差にすぎないものと認められるので、両者は全体としてその構成及び作用、効果において互に全く一致するもので同一発明に帰するものと認められる。従つて、本件特許発明は、その出願前国内に頒布された刊行物である前記米国特許第二七〇一一六三号明細書に容易に実施することのできる程度において記載されたものであるから、旧特許法第四条第二号の規定により、同法第一条の新規な発明と認めることができない。よつて本件特許発明は、同法第一条の規定に違反して与えられたものであるから、同法第五七条第一項第一号の規定によつてこれを無効とすべきものと認め、本件特許発明を無効とする旨の審決がなされ、控訴人がこれに対し東京高等裁判所に右審決取消の訴を提起し、右審決は未確定であることは、いずれも当事者間に争がない。

そこで、本件仮処分申請の当否につき考えるに、特許を無効にすべき旨の審決があつても、確定するまでは特許権者はその権利を失うものではなく、業として特許発明の実施をする権利を専有するものと解すべきであるから、控訴人は右審決があつても依然として本件特許権の権利者である。しかしながら、右審決は、本件特許発明が旧特許法第一条の規定に違反して与えられたものであることを理由として本件特許発明を無効とすべきものとしたのであるから、右審決が確定すれば、本件特許権は初めから存在しなかつたものとみなされるのである(特許法第一二五条、旧特許法第五八条。)控訴人は、本件において仮の地位を定める仮処分を求めるものであるところ、仮の地位を定める仮処分は、争のある権利関係について、それが本案訴訟により確定されるまでの間において、仮処分権利者が現在の著しい損害を避け若しくは急迫な強暴を防ぎ又はその他の理由により一定の処分を必要とする場合に限り許される応急的暫定的な処分である。そして、右のような応急的暫定的処分を必要とするかどうかは当事者双方の利害得失、保証、疎明の程度、本案訴訟(未だ係属していない場合は将来係属すべきものとして)における将来の勝敗の予想、その他諸般の事情を考慮した上で裁判所の裁量により決せられるべきものである。従つて、仮処分債権者が申請当時には未だ実体法上の権利を有していても、右権利が近い将来消滅して本案訴訟で敗訴判決を受けるであろうことが現在において十分予想される場合には、仮の地位を定める仮処分による応急的暫定的保護を与える必要性がないものと解するのを相当とする。本件についてこれをみるに、前記のように本件特許発明を無効とすべき旨の審決がなされ、この審決は未だ確定していないが、成立に争のない甲第五、第七号証、第一九号証、乙第四四号証によると、本件特許発明は、昭和三〇年七月二日出願されたものであり、これとその出願前の同年四月二六日特許庁資料館に受け入れられた米国特許第二七〇一一六三号発明明細書とは、前示審件において認定されたとおり全体としてその構成及び作用、効果において互に全く一致し同一発明に帰するものと一応認められる。そうすると、本件特許発明がその出願前国内に頒布された刊行物である米国特許第二七〇一一六三号発明明細書に容易に実施することのできる程度において記載されたものであり、旧特許法第四条第二号の規定により、同法第一条の新規な発明と認められないとしてこれを無効とすべきものとした前示審決は相当であると一応認むべきである。従つて、控訴人が右審決に対しその取消の訴を提起しても請求の認容される蓋然性は極めて少く、その請求を棄却されるであろうことが十分予想され、右訴訟においては争点も複雑でないと認められるから近い将来において右審決が取り消されることなく確定するであろうことも十分予測することができる。そうすると、本件特許は、これを無効とする審決の確定により初めにさかのぼつて存在しないものとみなされ、将来本件仮処分に対する本案訴訟(本案訴訟が提起されたことにつき疎明はないが、将来本案訴訟が提起されたとしても)において、控訴人が敗訴判決を受けるであろうことは、現在においても十分予想されるところであるから、本件仮処分申請は、仮に控訴人主張の被控訴人の製品が本件特許と牴触するとしても、保全の必要性を欠くものとして棄却されるべきである。

控訴人と被控訴人とに関する部分につき、以上と異る原判決は失当であり、被控訴人の附帯控訴は理由があるから、原判決中被控訴人に関する部分を取り消し、控訴人の本件仮処分申請を棄却し、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし民訴法第三八六条第三八四条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 山内敏彦)

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